意識はイリュージョンである

錯覚する脳: 「おいしい」も「痛い」も幻想だった (ちくま文庫)/筑摩書房

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 意識は行為の主体ではない。行為の主体は、無意識の小人たちの
自律分散演算の側にあり、意識の側にはない。意識は行動の主体というよりも、
無意識下の結果を受動的に受け取って、それが我であるかのように
勘違いしているイリュージョンだと考えた方が合理的であって、あらゆる
知見のつじつまが合うということを、論理としてせつめいしているのだ。

価値とは、人間が勝手に作りあげた概念に過ぎない。人の命は、本来ある
普遍的な属性として尊いわけではない、現在からほんの少し時代を
さかのぼれば、命が粗末にされていた時代だったのだ。絶対的な価値などない。
尊いかどうかは、人が決めるものに過ぎない。文化的文脈にしたがって、
その社会がその社会の価値やルールを共有すべきなのだ。

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